2017-09

小雪の下で

 今日は、NHKBSで見たあるドキュメンタリーのお話です。

11030201

 文章も長めで、そのくせ画像もありません。
 記事をたたみます。

 それはある軍事演習について特集した番組だった。

 1950年代冷戦の真っ只中、米ソによる熾烈な核開発競争が行なわれていた時代。
 ソビエト連邦で、その後「スネジョ-ク作戦」と呼ばれることになる極秘演習が行われた。

 その内容は、核爆弾使用直後の爆心地を横切って進軍するというもの。
 核兵器による通常兵器・兵士・建物・家畜に対する影響を探り、軍事行動のノウハウを得るのが目的だった。
 兵士については(その後、行動不能に陥ろうとも)、5時間行動できることが目標とされた。

 使用されたのは、ヒロシマとほぼ同じ規模の20キロトン原爆。
 参加人数は4万5千人。
 すでにアメリカで行われていた同様の演習を参考に行われた。
 (さらりと紹介されていたが、諜報戦のすさまじさと、両陣営でこのイカれた演習が行われたことを示している)

 当時のソビエト軍を指揮する立場にあった人物のコメント。
 「原爆の登場で、我々は核兵器を使用した条件の下でどのように戦うかという新しい問題に直面しました。
 アメリカは既に原爆を使った戦争計画を練っていたため、我々も急いだのです。
 冷戦時代に我が国が遅れをとることは考えられなかったのです。」

 記録フィルムが、戦略爆撃機がずんぐりとした爆弾を投下する様子を映し出した。
 それがスーッと落ちて行ったかと思うと、閃光が炸裂し、キノコ雲が雲を押しのけ空高く立ち上がった。
 そして、万全の防護体制を強調するナレーションと共に、原爆投下後の惨状が詳細に示された。

 しかし実際の突入は、野戦服(有り体に言えば普通の作業服)のままで行なわれた。
 キノコ雲の下、降り注ぐ粉塵がまるでスネジョーク(ロシア語で小雪)のようだったという。

 兵士は命令に絶対服従。
 兵士の心に怖さはなく、何か大きなことをやっているという程度の認識だった。
 多くの兵が全身に死の灰を浴び、体中に病を抱え、命を縮めた。
 しかし、秘密演習の参加者は25年間決して口外しないという契約書にサインをしていた。
 兵士たちの体調変化はもちろん、演習自体が外にもれることはなかった。

 番組の最後、今も残る元兵士のひとりの言葉が印象に残っている。
 「我々は犠牲者ではない、国に尽くした名誉ある作戦だった」

 狂気の沙汰としか思えない演習内容。
 繰り返されるチキンレース。
 両国が互いの核兵器を、いかに脅威とみていたかを再認識した。
 (そして今、核兵器は世界中に拡散している)
 同時に放射性物質に対する認識の甘さ、そして兵の命の軽さには、愕然とさせられた。
 (劣化ウラン弾のことを思うと、今もまったく変わっていない)
 そして知らないことの怖さ、教育の怖さを考えずにはいられなかった。

 視聴後の私には、胃の奥に沈み込むような冷たい虚しさが残された。

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