2017-10

元気100倍

12020902

 先日、アンパ○マントロッコに乗車した際のことを記事にしました
 その際に学生時代のとある講義と友人との戯言を思い出しました。
 それは、「アンパ○マンの心あるいは魂はどこにあるのか」というものです。

12020901

 まず俎上に上ったのは、パンとしての彼の素性でした。
 あのパン工房で作られるパンが、そんじょそこらのパンであろうはずがない。
 パン生地にしても餡にしても厳選されたものに違いない。
 もちろん保存料の類は一切使用していないに違いなかろう。
 であれば、餡なんぞ数日でカモされて糸を引くに相違あるまい。
 そうあの黒いハーヒフーヘホーがいなくても、困っているヒトがいなくても、頭は常に数日で交換される運命なのだ。
 頭部交換は最初から想定内に違いない。
 (ところで、はじき飛ばされた旧頭部のその後が気になります)

12020903

 まず出てきたのは、あの頻繁に交換する頭部に、魂は存在しえないという意見でした。
 (ではどこへ?)
 彼が言うには、
 胸部ないし腹部であろう。
 胸にあるあのニコニコマークみたいなものこそ、ヤツの本体であろうよ。
 食べられたり汚れることで機能不全を起こし、そのたびに交換する。
 あの頭部は、きゃつめのバッテリー(電源)にすぎぬ。
 (なんだってー!)

12020904

 こんな意見も。
 いやいや、ハードとソフトの関係で考えてはどうだろう。
 ゲーム機を思い浮かべていただきたい。
 カセットやディスクが破損しても、交換すれば同じゲームができるではないか。
 あの頭は、アンパ○マンというソフトウェアの乗り物なのだ。
 だとすれば、頭部にこそ彼の魂が宿っていると考えるべきではないかね。
 (記憶の引継ぎは?)
 餡の製作過程で練り込むか、焼成過程で焼き付けるのではなかろうか。

 あるいは胴体に補助記憶があるのかも知れない。
 だとすれば、頭と体がセットになってはじめてアンパ○マンなのだろう。

12020905

 何ヶ月か前、この作品の作者が出演するNHKの対談番組を見ました。
 その中で語られたのは。

 戦中と戦後で、価値観ががらりと変わってしまったこと。
 行動の規範となる「正義」もあっけなく覆ってしまったこと。
 そして、極度の食糧難。
 一口の食べ物が命を支える。食べ物とはすなわち命そのもの。
 食べ物を人に分けるということは、自らの命を相手に分ける行為。
 何の見返りもなく、食べ物(命)を分け与える行為は、どんな世の中であっても揺らぐことのない「正義」だと。
 そうして見返りを求めず、弱くなることもいとわず、顔という食べ物(命)の一部を差し出すヒーローが誕生した。

 であれば、「アンパ○マン(という物語)の心あるいは魂」は、困っているひとに顔を食べさせる行為にあるといえるでしょう。
 (もっとも、これはこれでカニバリズムを思い浮かべる方もおられます)
 (「ぼくのかおをおたべ」って、やはりインパクトのあるセリフです)

12020906

 ところでみなさん、献血ってしたことありますか?
 調子を悪くしたり痛かったり一定時間拘束されたりといったデメリットを乗り越えて行われるボランティア。
 (ちょっとはいいこともありますけどね)
 さらには利益供与を伴わない生体間臓器移植。
 血液、腎臓や肝臓の一部、皮膚などの移植で命を救う、見返りを求めず命を分ける行為。
 (作者がここまで意図しているかどうかは知りませんが)アンパ○マンはこれを肯定する素地をつくっていると思いませんか?
 (彼と違って臓器のほとんどに替えがないのは、物語と現実の違いでしょうか)

12020907

 さて、臓器移植はどこまで「あり」なのでしょう。
 生体間だろうが、脳死移植だろうが、死後だろうが、人によって(渡す側・受け取る側のどちらについても)許容範囲は当然違います。
 (嫌なもんは嫌ってのも考えの1つ)
 範囲を考える際の手がかりの1つが、「人の心あるいは魂」はどこにあるのかというものです。
 人の心あるいは魂があるとすれば、どこにあるのでしょうね。

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コメント

「心にさわれた。」と思った瞬間がありました。まるで見えない手で相手にそっと触ったような感覚。確かに「質感」を感じました。
自分の身体に生えている手とは明らかに違うものでしたが、明らかに私から出ている「手」でした。(なんかちょっと伝え難いんですけれど。「霊体験」とは違いますよ。)
「目に見えないけれど、確かにそこにあるもの。」
それが、心だったり、魂だったりする気がします。

伽羅さまへ

 互いの手触りがその後の互いの質感にも影響を与えるのでしょうね。

 何かお返事を書こうとしましたが、
 言葉を越えためぐり合いに私が何か言葉で返すのは無粋な気がして、
 書いては消してを繰り返すことになりました。
 今はこれが精一杯です。

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 元からの趣味だったカメラと、はまってしまったドールが化合して、なんだか引き返せないところに立っている気がします。

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